賞の制定

エルスール財団新人賞について

エルスール財団では、日本の「詩」と「ダンス」の未来を担うアーティストを応援するため「エルスール財団新人賞」を制定する。ジャンルは「現代詩」「コンテンポラリーダンス」「フラメンコ」の3つとし、毎年11月から翌年10月までの間に顕著な活躍が認められた新人1名(1組)を選んで顕彰する。

名称: エルスール財団新人賞

主催: 一般財団法人エルスール財団

部門: 現代詩、コンテンポラリーダンス、フラメンコの3ジャンル各1名(1組)

対象: その年もっとも活躍した新人

発表場所: エルスール財団ホームページ(http://www.elsurfoundation.com)

発表時期: 11月初旬

正賞・副賞: 賞状、楯、賞金10万円

選考委員:
【現代詩】野村喜和夫
【コンテンポラリーダンス】乗越たかお
【フラメンコ】野村眞里子

理念:
【現代詩】
この賞の特徴は、詩集ではなく詩人に与えられるということです。具体的には、年末近くに、その年の中原中也賞、H氏賞、歴程新鋭賞、日本詩人クラブ新人賞、現代詩手帖賞、ユリイカの新鋭、詩と思想新人賞などの受賞者およびその候補者、あるいはそれと同等の活躍をしたとみなされる新人の書き手を対象とし、そのなかから、まさに新人のなかの新人ともいうべきひとりを選んで顕彰します。

【コンテンポラリーダンス】
「コンテンポラリーダンス」の定義にこだわれば、数ページを費やすことも可能でしょう。こうしたこの同時代のダンスの多様性・あいまいさも考慮に入れながら、そのすべてを俯瞰したうえで「今年の新人」を選んで顕彰します。この賞の特徴としては、独自にコンクールを行ってその優勝者を選ぶのではなく、各種公演(自主公演、コンクール、新人公演など)を選考委員が観させていただいて選ぶということです。

【フラメンコ】
フラメンコの伝統や背景を理解し、かつ高度なテクニックを習得していることはもちろんのこと、フラメンコの可能性をひろげるような意欲的・野心的な公演活動を続けている「今年の新人}(ソロデビュー後およそ3年以内)を顕彰します。この賞の特徴としては、独自にコンクールを行ってその優勝者を選ぶのではなく、各種公演(自主公演、コンクール、新人公演など)やタブラオでのライブを選考委員が観させていただいて選ぶということです。

第1回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 金子鉄夫

<贈賞理由>
詩集『ちちこわし』を中心とするその詩作は、どこか言語の暴力性を標榜した1960年代詩人の再来を思わせながら、しかしもちろん、2010年代初頭のいまならではのあたらしさに充ち満ちてもいて、それは、明るい絶望あるいは希望なき希望という語義矛盾を詩の空間においてどこまでも生き抜こうとする意志、とでもいおうか。そうしてそこから、別様の得体の知れない身体性を獲得しようと苦闘しているひとりの青年の姿が浮かび上がってくる。日本の現代詩を書き換えてゆく可能性をもった注目すべき新鋭として顕彰に値する。

(選考委員:野村喜和夫)


【コンテンポラリー・ダンス部門】 川村美紀子

<選考理由>
ヒップホップをベースにしつつも、深い理解でオリジナルの動きを創り出している川村美紀子。ひとたび踊り出すと爆発的なエネルギーと薄玻璃のような繊細さを見せる卓越したソロのみならず、グループワークでも恐るべき表現者としての頭角を見せた。ダンスで演じ、振付で見せ、作品全体の演出でも表現できる。大いなる才能の登場である。

(選考委員:乗越たかお)


【フラメンコ部門】 太田マキ

<受賞理由>
フラメンコのテクニックにおいて優れ、アイレ(フラメンコ特有の雰囲気)を伝える力を有している。またリサイタル開催など、アーティストとしての意欲的な活動を続けていることも称賛したい。
<解説>
太田マキさんは、幼少からクラシックバレエ、モダンバレエ、ピアノに親しまれ、さらには東京外国語大学外国語学部スペイン語学科でスペイン語を学ばれるなど、外国人がフラメンコを踊るためにはこれ以上ないというようなたいへん恵まれた環境の中で、研鑽を積んでこられました。2010年7月、岡本倫子スペイン舞踊団独立後は、タブラオ、イベント、DVD等に出演、またリサイタルも連続して開催されるなど、たいへん意欲的な活動をされています。
太田さんの踊りの特徴は、振付の新しさや奇抜さに頼るのではなく、歌をじっくりと聴きながらていねいに踊りあげていく王道のスタイルです。もっとも目を見はったのは、日本フラメンコ協会主催『第21回新人公演』3日目(8月26日)での「ソレア」の踊りです。踊りの後半、「ブレリア」に入ったところで歌い手が歌い始めると、太田さんはマルカール(フラメンコの踊りの中でリズムを刻む動き)だけでバックのミュージシャンとひとつになり、たいへんな感動を会場に伝えました。マルカールだけで見せられる踊り手は、スペインでもそんなには多くはありません。私はそこに、長いあいだの太田さんの努力の結晶を垣間見た思いがしました。
フラメンコの踊り手としてはまだまだ未熟な部分もありますが、彼女のその「のびしろ」に大いなる期待を込めて、「第1回エルスール財団新人賞」をお贈りしたいと思います。

(選考委員:野村眞里子)


なお、賞についてのお問い合わせは下記までお願いいたします。
info@elsurfoundation.com

第2回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 近藤弘文

<贈賞理由>
詩とは、つきつめていえば言葉の関係をめぐる冒険である。エルスール新人賞は、その冒険を担うべき真にスリリングな詩人の登場を注視している。近藤弘文には「現代詩手帖」投稿時から注目していたが、このたびの詩集『燐の犬』には、言葉の関係をめぐって、その挑発的な揺さぶりや暴力的な組み替えが心憎いばかりに徹底されていて、目を見張らせるものがある。しかもそこには、3・11以降の不安な状況が反映されてもいる。近藤弘文こそ、本年度のエルスール新人賞現代詩部門にふさわしいと確信する。

選考委員:野村喜和夫、金子鉄夫(前年度受賞者)


【コンテンポラリー・ダンス部門】 関かおり

<贈賞理由>
関かおりのダンスは、これまでにない類の濃密なダンスである。ソロにおいては少女のような見た目に反して、根源に激しい毒がどろりと横たわっている。グループ作品では、接触によって互いの存在が綻び、そして繋がる一瞬が紡がれていく。また香りを使用する作品では、観客は五感を総動員して立ち向かうことになる。ダンスを加速ではなく深める方法で、新たな地平に立っているのだ。

選考委員:乗越たかお


【フラメンコ部門】 瀬戸口琴葉

<贈賞理由>
瀬戸口琴葉さんは、サパテアードを含めたフラメンコのテクニックにも卓越していますが、その集中力と爆発力には目を見張るものがあります。今年の夏、日本フラメンコ協会主催の『新人公演』で彼女が踊られた「ソレア」には、彼女のよさが如実に現れていました。バックのミュージシャンの歌やファルセータ、そして師である矢野吉峰氏のパルマもすべて自分のうちに取り込んで舞う姿がすがすがしく、新しい才能の誕生を見る思いでした。期待しています。

選考委員:野村眞里子



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第3回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 小峰慎也

<贈賞理由>
小峰慎也を発見しよう。小峰氏はすでに十年以上のキャリアをもち、新人かどうか異論もあるところだろうが、あえて指名したい。氏は私家版の小さな冊子というかたちで作品を発表しつづけているため、一般の眼には届きにくいが、その詩法は、あらゆる感情を排した言葉そのものの力によって、いわば行為としての詩という趣を打ち出すものであって、きわめて個性的かつ衝撃的である。ひろく顕彰するに値すると確信する。

選考委員:野村喜和夫、近藤弘文(前年度受賞者)


【コンテンポラリー・ダンス部門】 北尾亘

<贈賞理由>
北尾亘は自身が主宰するBaobabにおいて、高い身体性と様々なスタイルを溶け込ませた新しい動きを創り出している。作品においては、ときに演劇的、ときに極めて抑えた動きを貫いたりと、つねに新しい領域への挑戦を続けてきた。また長い作品もしっかり構成して創る意欲と実力も見せている。演劇などへの振付・出演もこなすなど多方面に活躍しており、そこから吸収したことを糧に、さらなる飛躍を期待できる存在である。

選考委員:乗越たかお


【フラメンコ部門】 朱雀はるな

<贈賞理由>
朱雀はるなさんは、私が数年前から注目していたバイラオーラ(フラメンコ女性舞踊手)で、昨年は日本フラメンコ協会主催の『新人公演』で奨励賞を受賞されました。すでにパーカッショニストとして活躍されているという異色のキャリアの持ち主で、リズム感のよさはもちろんのこと、新人らしからぬ「フラメンコ体質」と「ペソ(重々しさ)のある踊り」に圧倒されます。今年はオペラ『アイナダマール』で読売交響楽団と共演され、ますます活動の幅を広げられたようです。今後のさらなる活躍を期待しつつ、新人賞をお贈りしたいと思います。

選考委員:野村眞里子



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info@elsurfoundation.com

第4回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 カニエ・ナハ

<贈賞理由>
カニエ・ナハは、ユリイカの新人に選ばれて以来注目していた才能であるが、ここ数年、『オーケストラ・リハーサル』、『MU』、『用意された食卓』とたてつづけにすぐれた詩集を刊行し、旺盛な詩作を展開している。それは簡潔かつインパクトある言葉で「この世の露光時間」をとらえようとする本格の手つきだ。また、詩作と並行して同時代の詩人たちの手製詩集の制作にも携わっており、今後とも多方面での活躍が期待できる詩人である。エルスール賞を呈上することによって、大いなるエールを送りたい。

選考委員:野村喜和夫(詩人)

<贈賞理由>
カニエ・ナハ氏の作品は、不安定だ。詩集『MU』(2014)の中の「永劫回避」という作品では、文や文章というものが、永遠に了解されないための機能へと踏み出している。何かにつきあたる直前のところをぐるぐるまわっているのだ。直前の場所にこそ鉱脈があったかのように、まわっているうちに迫ってくるもの。そして、『用意された食卓』(2015)では、鉱脈をさらに決定的に展開して引きのばしている。その確信と不安。賞にふさわしいと思う。

選考委員:小峰慎也(詩人・第3回エルスール財団新人賞受賞者)


【コンテンポラリー・ダンス部門】 かえるP

<贈賞理由>
従来この賞は個人に贈られてきたが、今回初めてユニットでの受賞となる。
しかもちょっと「なんだこれ?」と思うような名前だ。かえるP。深くは問うまい。大園康司と橋本規靖のユニットで、作品ごとにメンバーを加えて上演するスタイルである。
その作風は、作品ごとにゴロゴロ変わる。演劇的なものから、身体性勝負の作品、劇場以外のサイトスペシフィックな作品、様々だ。だが共通しているのは「身体の動き」と「身体のあり方」へのこだわりである。
その成果が結実するにはもう少し時間がかかるだろう。だがもはや「新しさ探し」から脱却したコンテンポラリー・ダンスが、次に向かう豊かさの一端を担う者として、いまここで応援の新人賞を贈りたい。

選考委員:乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家)


【フラメンコ部門】 土方憲人

<贈賞理由>
土方憲人さんは、「元高校球児」という少し変わった経歴の持ち主です。2008年より、叔母である大塚千津子氏の元でフラメンコを始められ、5年後の2013年のCAFフラメンココンクールではコンセルバトリオ賞を受賞されました。コンクール本選で拝見した時には、体の基礎訓練もしっかりとされていて、歌振りやエスコビージャをきちんと踊り上げていく正統派のバイラオールとお見受けしました。2度のスペイン留学を経て、ますますフラメンコへの理解を深め、アイレや観客への見せ方・伝え方をしっかり身に付けられたようです。2015年の日本フラメンコ協会主催『新人公演』では奨励賞も受賞されました。クラシックバレエやコンテンポラリーダンスも学ぶ視野の広さとフラメンコへのあくなき探求心――ご自分の世界をしっかりと持った大型の新人として、劇場やタブラオで幅広く活動されるのを楽しみにしております。ますますのご活躍を願って、第4回エルスール財団新人賞をお贈りしたいと思います。

選考委員:野村眞里子(プロデューサー、フラメンコ舞踊家)



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第5回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 柴田聡子

<贈賞理由>
柴田聡子はいわゆるシンガーソングライターであるが、その歌詞は飛躍や諧謔に満ち、こういってよければ、歌詞であることを超えている。では現代詩的かというと、もちろんそのガラパゴス化とはべつのところからやってきて、べつのところへ出ようとしている。要するに、詩として不思議にあたらしいのだ。詩集『さばーく』掉尾に収められた数篇には、本格的な詩の書き手としての力量が兆してさえいる。いずれにしても、天性のものと思われる言葉のセンスといまの時代の空気にふるえる感性のアンテナをあわせもつこの新人の登場を寿ぎたい。

選考委員:野村喜和夫、カニエ・ナハ(前年度受賞者)


【コンテンポラリー・ダンス部門】 中村蓉

<贈賞理由>
中村蓉は映画のワンシーンや昭和歌謡の歌詞のままに踊る作品で人気を得た。だがそれでは、あとはもう「うまくなるだけ」で、観客から楽しまれ、愛されて終わるしかない。しかし中村はここ数年、内面の強い衝動を解放するような作品を立て続けに発表しているのである。ヒリつき、痛々しく、それでも両足で踏みしめて仁王立ち。観客をワクワクさせるダンスが中村の中から沸き上がってきている今を第2のスタートとして、新人賞を贈りたい。そしてその凄みをもって、また愛される作品も踊ったらいいのだ。

選考委員:乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家)


【フラメンコ部門】 永田健

<贈賞理由>
今年でエルスール財団新人賞も5回目となる。今回のフラメンコ部門の受賞者永田健さんは、これまでの受賞者と比べ、すでに中堅の領域に入りつつある新人だ。それにも関わらず永田さんを選ばせていただいたのには、彼がまだご自身を「新人」ととらえ、新人公演にチャレンジし続けていらっしゃることにある。
2013年、永田さんは日本フラメンコ協会主催の新人公演で「奨励賞」を受賞された。この時、私も選考委員の一人として永田さんに投票させていただいたのだが、驚くべきことに永田さんは選考委員の満票を獲得したのだった。新人公演の長い歴史の中でこんなことは初めてだったし、「彼に特別奨励賞を出してはどうか?」という提案もあったと記憶する。
こうして鮮烈なデビューを果たした永田さんだったが、今年の新人公演で拝見したバストンの「マルティネーテ」がまたすばらしかった。並外れたフラメンコのテクニックとアイレ、さらにはドラマチックに一曲を作り上げる構成力! その時の会場の熱気はすさまじかった。
この恐るべき新人の永田健さんに、今年のエルスール財団新人賞をお贈りしたいと思う。

選考委員:野村眞里子(プロデューサー・フラメンコ舞踊家)



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第6回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 鈴木一平

<贈賞理由>
今年は鈴木一平を指名する。俳句や日記を含む詩的エクリチュールのあらゆる形式を用いての、いやページレイアウトをも巻き込んでの、世界が自己と外界に分化する以前の「雲」を言語化しようとする詩集『灰と家』の試みは果敢に冒険的で、真に新人の名に値するし、「いぬのせなか座」という驚嘆すべきユニットでの活動も含めて、鈴木一平は可能性のかたまりのような詩人だ。(野村喜和夫)

選考委員:野村喜和夫、柴田聡子(前年度受賞者)


【コンテンポラリー・ダンス部門】 小暮香帆

<選考理由>
最も注目しているダンサーの一人である。柔和な外見とは裏腹に、空間全体を圧するほどの巨大なエネルギーを一瞬で身体に宿す。しかもそのエネルギーをしっかりと制御しダンスに展開してみせる力もある。
小暮は様々なアーティストの作品に参加・共演をしてきたが、初の長編ソロ作品『遥かエリチェ』(2013)はシチリアの映像を背景に、美しさに安住しない覚悟のあるダンスを踊った。長編ソロ2作目『ミモザ』(2015)はグールドが弾くバッハのゴールドベルグ変奏曲を一気に全曲流し、曲に食らいついていく獰猛さも見せた。『幽体の集めかた』(ハラサオリ主催。2017年)では柴田聡子との共演で豊かな情緒を紡いだ。そして11月には新作『ユートピア』を上演予定。現在、小暮主演の映画が吉開菜央監督で制作中である。
小暮の世界は、これからさらに広がり深まるだろう。この賞がその翼のひとつとなることを願う。

選考委員:乗越たかお


【フラメンコ部門】 中原潤

<受賞理由>
中原潤さんの踊りを初めて拝見した時、はっと息を飲むような瞬間があった。それは、30年以上前にグラナダのマノレーテ氏の踊りを初めて観た時の感動にも似たものだった。「アンダルシアの風」とでも形容したいような、さわやかでありながら熱いものを含んだ風が会場に吹いたのだ。7歳からフラメンコを始め、スペインでも多くの氏に学んだという中原さんだが、ここ1~2年の進化には並外れたものがあると思う。さまざまなステージに立ち、他ジャンルのアーティストとのコラボレーションまで行っている。さわやかにして熱く、新しいフラメンコに触れながらもなおフラメンコの根を大切にされている姿勢には心打たれる。そんな彼に、ますますの進化を期待しつつ新人賞をお贈りしたいと思う。

選考委員:野村眞里子


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第7回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 藤本哲明(ふじもとてつあき)

<贈賞理由>
藤本哲明は現代詩手帖に投稿後、間を置かずに共作詩集『過剰』および第一詩集『ディオニソスの居場所』を刊行し、生存の危機と釣り合う詩的言語の危機そのものを詩行にするという果敢な試みを提示した。その後もいくつかの詩誌などで詩作や批評を展開し、ラディカルな新鋭としての存在感を十二分に発揮しており、エルスール財団新人賞を贈るにふさわしい。

選考委員:野村喜和夫、鈴木一平(前年度受賞者)


【コンテンポラリー・ダンス部門】 渡邉尚(Watanabe Hisashi)

<贈賞理由>
現在の舞台芸術でひときわ注目されているのが、強い身体性と高い芸術性を併せ持った「現代(コンテンポラリー)サーカス」である。様々な周辺芸術を取り込みながら、熱く勢いのある作品が世界中で生まれている。
そうした流れの中にあって、渡邉尚はひときわ特異な存在感を示し、世界中のフェスで引っ張りだこの存在だ。というのも、上に投げあげることが中心の西洋のジャグリングに対して、床や重力に親しむ「フロア・ジャグリング」を提唱し、自らの驚異的な身体性をもって実践。ある種の哲学的な衝撃をもって高く評価されているからである。
自らの身体を探求する様も常軌を逸した執念で(筆者のインタビューを参照されたい http://performingarts.jp/J/art_interview/1701/1.html)、異なった経路を辿りながらも、かつての舞踏と同じ地平にまで到達しているのが、じつに興味深い。もっとも「人と物が関わることは全てジャグリング」だと考えている渡邉にとっては、ダンスもまたジャグリングの様相のひとつに過ぎないだろう。
2015年にジャグリングカンパニー「頭と口」を立ち上げ、初の単独公演『MONOLITH』を上演。翌年には『WHITEST』を新カンパニーとしては異例のKAATで上演。ソロの代表作『逆さの樹』は日本のダンス界にも衝撃を与えた。
現在はカンパニーメンバーの儀保桜子とともに世界中のダンスやサーカスフェスをめぐっているが、2019年は日本での新作公演が予定されている。
ちなみにダンスの賞をジャグリングのアーティストが受賞するのは、我が国では初のことだと思う。一人で決められるエルスール財団新人賞だからこそ、こうして新しい扉を開いて行けることを誇りに思う。

選考委員:乗越たかお


【フラメンコ部門】 服部亜希子

<贈賞理由>
エルスール財団新人賞のフラメンコ部門も年々注目していただけるようになってきた。今年は、歴代の受賞者が一堂に会した公演『アントロヒア・デル・フラメンコvol.5』を開催したので、より一層のご注目をいただいているような気がする。とはいえ、この賞を立ち上げてからの選考基準と選考方法に特に変更点はない。すなわち、高度なテクニックを有し、フラメンコへの十分な理解があり、アーティストとして新しい世界を作る可能性をひめた新人であること。今年もこの3点に留意して選ばせていただいた。京都出身のバイラオーラ(フラメンコ舞踊家)服部亜希子さんである。
彼女のソロを初めて拝見したのは、2017年の日本フラメンコ協会主催の『新人公演』だった。曲は「シギリージャ」。この難曲を、新人離れしたテクニックと表現力で踊り切り、奨励賞を獲得した。これをきっかけに私は彼女に注目するようになったが、大劇場であっても、小さなスペースであっても、彼女が踊り始めると一瞬にして空気が変わるのを感じた。そこには、オフ・ステージでのやさしそうな雰囲気からは想像もできないような集中と爆発がある。「ああ、これが彼女のフラメンコなんだな」と、つくづく感じた。
服部さんはクラシックバレエから出発され、大人になってからフラメンコを始められたため、これからさまざまな挑戦をされることになるだろう。この才能が大きく花開けるよう、温かく見守っていただければ幸いである。


選考委員:野村眞里子



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第8回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 藤井晴美

<贈賞理由>
藤井晴美の詩は、容易には触れられない狂暴な何かを携えている。その何かを名指すことは難しい。まるで手のうちが分からない切断と結合の書法、現代詩というジャンル自体に対する暴力性、といった状況証拠をいくら積み重ねても、その何かは彼方へと逃げ去っていく。いっぽうで、藤井晴美の詩は、いつも新しい。詩がなまものであり、いずれは腐臭を帯びるという意味でなら、あるいは「新しい」という語が一度きりの時代と切り結ぶという意味でなら、「いつも」という形容は語義矛盾となり得る。だが、そのような身体的・論理形式的矛盾など藤井晴美の書きつけてきた膨大な詩篇群をまえに、無効となるだろう。新人、という存在を「真に新しい詩を書き続けてきた人」と捉えるなら、藤井晴美こそその人である。(藤本哲明)

選考委員:野村喜和夫、藤本哲明(第7回エルスール財団新人賞受賞者)


【コンテンポラリー・ダンス部門】 下島礼紗 Shimojima Reisa

<贈賞理由>
 日本のダンスには政治的な作品が皆無といえるほど、無い。
 これは世界的に見ても異質なこととして受け止められている。
 そんな中、下島礼紗率いるダンスカンパニー「ケダゴロ」の代表作『sky』は、オウム真理教や連合赤軍のリンチ殺人事件など、日本の歴史のダークサイドにまで切り込んだ、近来稀に見る傑作である。「大きな氷の塊を舞台上で持ち続ける」という無意味な行為も、「頑張って! みんな我慢してるんだから!」と声を掛けあい、連帯する安心感と同調圧力で互いを縛り合う。そしてその後、共産主義革命歌「インターナショナルの歌」や麻原彰晃本人が歌う「極限修行者音頭」などを流し、ダンスが踊られる。そのダンスが格好良く、楽しければ楽しいほど、その裏には「ダンスという芸術がもたらす一体感」がファシズムや宗教に利用されてきた歴史がべったりと貼り付き、ダンスが本質的に持っている危険な一面が浮き彫りになってくるのである。
 出演ダンサー達はダンスの技術はもちろん、毎回極限まで心身を追い詰められながら、見事にそのテンションを具現化している。
 ソロ代表作『オムツをはいたサル』は紙オムツを履いた格好で踊る一見コミカルな作品だが、下着とは「人間とサルを分ける文明の象徴」であり、文明の延長にはやはり宗教や戦争があることが示唆される。
 これらの作品は海外でも高い評価を得ており、多くのフェスティバルから招聘されている。見た目以上に骨太の作り手であり、日本のダンスに不足している視座を兼ね備えた、次代を担う才能として、この賞を贈りたい。

選考委員:乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家) Norikoshi Takao


【フラメンコ部門】 内城紗良(うちじょうさら)

<贈賞理由>
今年のフラメンコ部門の新人賞受賞者は、過去7回の受賞者と大きく異なる点がある。それは、彼女がまだ未成年で、現在南風野香スペイン舞踊団に所属されていることだ。これまでは、すでに独立してソロ活動をしている方を選ばせていただくことが多かったが、内城紗良さんは、舞踊団員でありながらもこの賞の選考基準をすでにみたしていらした。すなわち、高度なテクニックを有し、フラメンコへの十分な理解があり、アーティストとして新しい世界を作る可能性をひめた新人であること。つまり、所属先の了解さえいただければ、彼女の受賞を妨げる何の理由もなかった。
私が彼女のソロを初めて拝見したのは、今年の『第2回全日本フラメンココンクール』だった。予選の曲は「ソレア・ポル・ブレリア」、そして本選の曲は「セラーナ」だ。舞台に登場された時から、彼女は衣装の選び方からして他の方と違う、と感じた。流行に流されず、彼女のオリジナリティーを感じさせながらも、曲との相性に配慮した見事な選択に驚いた。そして、踊り始めてからはさらに驚いた。新人離れしたテクニックと表現力があり、フレッシュ、かついさぎよい踊りで会場の空気をたちまち支配したのだ。このコンクールで内城さんが「小松原庸子特別賞」を受賞されたのも、当然の結果だと思われた。
内城さんは5歳から舞台に立たれ、その後さまざまな作品に出演されている。彼女の所属する南風野香スペイン舞踊団は、スペイン舞踊やフラメンコの枠を拡げるような意欲的作品を発表されていて、私が注目している舞踊団の一つなのだが、評判となった2017年の『パ・ド・トロワ{白鳥の湖}』、及び先月開催された南風野香舞台人生40周年記念公演『キヨヒメ2020パラレルワールド』では、内城さんは主演をつとめている。残念ながら私はこの2公演を見逃してしまったが、こうした作品との出会いも内城さんには大きな刺激となっているに違いない。
今後、内城さんの未来はどのように展開していくのだろうか。さまざまな出会いや学びの中で、彼女の才能が大きく花開いていくことを期待しつつ、エルスール財団新人賞をお贈りしたいと思う。みなさまには、どうか温かく見守っていただければ幸いである。

選考委員:野村眞里子



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第9回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 尾久守侑(おぎゅうかみゆ)

【贈賞理由】
またひとり、夢魔と狂気の詩人が誕生した。より正確にいえば、夢魔と狂気を飼い慣らそうとする不敵な詩人が。聞けば、尾久氏は精神科医だという。私はとっさに、フランス19世紀末の小説家モーパッサンの逸話を思い出した。彼は、おぞましいエッフェル塔を見ないで済むようにと、エッフェル塔内部のレストランに通いつづけたのだった。たとえば、つい最近刊行された尾久氏の詩集『悪意Q47』の表題作は、「いつかQのない意味のなかをきみは駆け抜ける」と締めくくられる。言い換えれば、「いまはQそのものである非意味のなかにきみはとどまる」ということだ。そこでは、何かしら意味の固定へと向かう動き──抒情にせよ物語にせよ──を無化してやまない詩の快活な「悪意」が息づいているのである。顕彰しないでいられようか。(野村喜和夫)

【贈賞理由】
感染力。
買ったばかりの尾久守侑の詩集『悪意Q47』から死番虫が一匹出てきた。よせよ。悪意の虫だな。殺そうとしたが逃げられた。詩集を汚さず、自分の手も汚さずにやろうとしたのが間違いのもとだったのかもしれない。もうどこへ行ったかわからない。最近体中が痒い。感染したらしい。これでは他の本にも感染するな。
という風にデコーディングしていくような前代未聞の新しさが尾久守侑の詩にはある。
現代詩は、詩人それぞれの美学に従ってエンコードしてきたが、行き着くところまで行き、尾久守侑あたりでUターンしてデコードするようになった、と思われる。(藤井晴美)


【コンテンポラリー・ダンス部門】ハラサオリ

【選出理由】
ハラサオリは日本とベルリンを拠点に世界的に活躍している。
コンテンポラリー・ダンスは、知性と身体の戦いの歴史だが、ハラサオリはその両方を併せ持ち、ダンスの地平に新しい視線をもたらしている。
また自ら新しい活動の環境を創り出すプロデューサー的な感覚も優れている。
『Da Dad Dada (ダダッドダダ)』は、ミュージカルダンサーでもあり自分たちを棄てていった実の父親と、その不在をテーマにした作品。超プライベートなテーマだが、絶妙な距離感を保ちながら展開していく手腕が光った。分析と構築、さらにしっかりと身体性に落とし込むあたり、今の日本にはなかなかないスタイルである。
慶応大学に移築されて残されている旧ノグチルームでのサイトスペシフィックな作品『no room』では、国に保障されないアイデンティティの困難さを描いた。
今後はさらに領域を横断する活躍が期待される。

選考委員:乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家) Norikoshi Takao


【フラメンコ部門】 伊藤笑苗(いとうえな)

<贈賞理由>
コロナ禍に翻弄され続けた今年、フラメンコの世界でもコンクール、新人公演、発表会、公演、イベント、ライブが次々と中止や延期となった。「そんな中で、本当にちゃんと今年の新人が選べるの?」というご質問もいただいた。もしエルスール財団新人賞フラメンコ部門が、コンクールや新人公演の場での踊りだけを評価して贈る賞なら、「今年は中止」という選択肢もあっただろう。だが、この賞は選考委員自身が数年間のスパンでさまざまな場所に出向き選考するスタイルをとっているため、いささかの影響を受けることもなかった。そればかりか今年の受賞者は、コロナを吹き飛ばすかのようなパワーと、ストレスまみれになった心を癒してくれるような爽やかさを合わせ持ったフラメンコダンサー。まさに、「今年の新人」と呼ぶにふさわしいダンサーなのだ。
そんな今年の受賞者とは伊藤笑苗さん。3年ほど前から、私が密かに注目していたフラメンコダンサーである。
彼女は、4歳の時から斎藤克己フラメンコアカデミーで学ばれ、現在も同舞踊団に所属されている。10歳の時舞踊団の25周年公演でデビューされ、2014年以降ほぼ毎年夏に渡西。多くの師に教えを受け、本場のフラメンコに接してこられた。昨春、マルワ財団主催の「第10回CAFフラメンコ・コンクール」で海外留学賞を受賞され、長期渡西。つまり、今年の彼女の活動は一時帰国中の日本のタブラオでのライブをのぞき、すべてスペインでのものだ。ある時は大学ペーニャで、またある時は大自然の中で踊られ、現地のスペイン人をあっと言わせてきた。今年の2~3月に私がスペイン滞在していた時には、とあるフェスティバル関係者から、彼女の出演とそのサポートを依頼されたほど、現地での評価は高かった。(注:新型コロナウィルスの影響で、彼女の出演話は残念ながら現在ペンディングになっている。)
伊藤さんには、すでにあらゆるものがそなわっているようだ。並外れた舞踊テクニック、フラメンコへの深い愛と身についたアイレ、そして他の追随を許さない発想の新しさ!
彼女のあどけない表情の下には、「言い知れぬ神秘性」が潜んでいる。それに気づいた時、あなたはきっとこのダンサーの虜になるに違いない。

選考委員:野村眞里子

なお、賞についてのお問い合わせは下記までお願いいたします。
info@elsurfoundation.com

第10回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 青野暦(あおのこよみ)

<贈賞理由>
青野暦は、詩集『冬の森番』において、日常のトリビアルな事象にまなざしを注ぎながら、不意にポエジーへの跳躍を果たすあたり、いかにも今の時代の人らしい。それでいて、どこかなつかしさを感じさせるところもある。幅が広いのだ。それは彼の扱うジャンルにも及んでいて、この春には文學界新人賞も受賞している。詩と小説と、このさきどんなリアル二刀流的活躍を見せてくれるのか、贈賞にはその期待も込めたい。(野村喜和夫)

感性の煌めきと巧みな描写が誰の目にも明らかな青野暦の魅力であることはまず間違い無いとしても、やや背景に引いている抑制的な主題の書き方や、そこから逆算して汲み取れる余力の存在が、青野の今後の跳躍を既に占っている。誰だったかの言葉を借りれば搭載しているエンジンが大きいともいえるし、表出されているものの後ろに広大なアーカイブがあるともいえるのだろうが、『冬の森番』という傑出した第一詩集と、まだ海水中にある氷山のような可能性を併せて、青野暦を今年の新人に選出する。(尾久守侑)


【コンテンポラリー・ダンス部門】 吉開菜央(よしがいなお)

<贈賞理由>
 吉開菜央は「映画作家・振付家・ダンサー」である。自らも踊り、振付もする。米津玄師の大ヒット曲『Lemon』のPVで、一人踊っている女性が吉開だ。映像ではカンヌ国際映画祭に短編『Grand Bouquet』が正式招待され、日本の映画館で『吉開菜央特集:Dancing Films』が組まれるなど、いずれも高く評価されている。ダンサーとして、かつ映像作家として身体表現に新しい地平を拓いていくアーティストだといえる。
 映像作品『ほったまるびより』では、女性(柴田聡子)が住む一軒家に、小暮香帆など4人のダンサーが座敷童のごとく悪戯をしながら走り回る。微笑ましくもゾッとする生々しさを描いた。
 また自身が謎の存在『赤いやつ』として登場する『Shari』は、知床・斜里町の住民と自然との交流を描き出す初の長編映画である。
 近年では選者が参加しているインドとの共同ダンスプロジェクトに、吉開は映像作家として加わった。吉開はダンサーの鈴木竜に密着し、質問を繰り返し、普段は心の奥底に封印しているようなことまでも引き出し、描き出して見せた。
 吉開の映像は、よくある「動きを切り取ったダンス映像」ではない。ダンスを通して身体の深奥にある核心をいきなり掴んで抉り出す精緻さと容赦のなさがある。同時にダンサーとして身体への愛情と愛着も共存しているのだ。吉開の作品は「映像化することで初めて顕れる人体のリアリティ」を証明し続けている。
 領域を横断するアーティストは、どちらの世界からも正当な評価を得られないことが多い。しかしこのエルスール財団新人賞は、そういう人をこそ率先して評価し、応援できるものだ。吉開は、まさにこの賞にふさわしいアーティストなのである。

選考委員:乗越たかおNORIKOSHI Takao


【フラメンコ部門】 出水宏輝(でみずこうき)

<授賞理由>
今年の受賞者、出水宏輝(Farolito)さんは、8年ほど前に初めて拝見し、この3~4年ずっと注目して観続けてきたバイラオールだ。
彼は、当初フラメンコギターを弾いていた。しかし、踊りの伴奏をしながらすぐに振付を目で見て覚えてしまうという才能を持っていたため、「踊ってみたら?」という周囲の勧めでバイレを始めたという。10歳の頃だ。
2009年、弱冠14歳でグルーポ・ぺパの全国ツアーライブにてバイラオールとしてプロデビュー。2014年には、官民協働海外留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」の1期生として一年間スペイン留学し、ファルキートに師事した。帰国後はソロリサイタルを成功させるとともに、2018年に第1回『全日本フラメンココンクール』にて努力賞、2019年に日本フラメンコ協会主催の第28回『新人公演』で奨励賞を受賞するなど、着実に実績を積みあげてきた。
それでは、出水さんの踊りの魅力はどこにあるのだろうか? 卓越したリズム感や高度なテクニックがあるのはもちろんのことだが、フラメンコと真摯に向かいあう中で自然に身についたアイレ、さらには温かい人柄をにじませる踊りでありながらもダイレクトに観客の心をわしづかみにするフラメンコ魂を持ち合わせていることではないだろうか? 
ある時は軽やかに野山を駆け巡る妖精、ある時は女たちを惑わす伊達男、またある時はセビージャの街角にいる粋なオッサン……など、さまざまな「顔」を見せながらも、その心の向かうところはすでに決まっていると見た。
期待を持って見守りたい。

選考委員:野村眞里子

なお、賞についてのお問い合わせは下記までお願いいたします。
info@elsurfoundation.com

第11回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 小野絵里華

<贈賞理由>
この度刊行された待望の第一詩集『エリカについて』を読むと、詩的な語りの魔術というべきだろうか、それ自体がすでに魅力だが、小野絵里華の登場の意味をさらにつぎのように捕捉することができる。彼女は、伊藤比呂美的なところから出発しながらも、1980年代の女性性とは違ういまの時代の女性性、「宇宙を孕む」壮大なアイロニーをも含む脱女性性的な女性性を体現している、と。今後も大きく飛躍するだろう。(野村喜和夫)

小野絵里華さんの第一詩集『エリカについて』(左右社)は、収録の詩の持つ力と構成の巧みさにおいて、ここ一年ほどで出版されたほかの詩集と比べて、ずば抜けている。私は、『エリカについて』を読んでいて、何度も笑い、いいなあと思い、しんみりし、こころの奥深くにしまっていて、じぶんのものとわからなくなっていた記憶と向き合った。機会があったらこの詩集をすすめたい知人や友人の顔が、具体的に思い浮かんだ。小野さんの詩には、語りの圧倒的な魅力がある。太宰治の語り、カズオ・イシグロの語り、ダヴィド・フェンキノスの語り……、先行例として、小説作品に溶けているいくつもの詩のかがやきが思い浮かぶが、その鮮やかな語り芸に導かれてたどりつく場所は、ある「空白」についての試論である。幽霊、と言えるほどのわかりやすさは持たずに、私たちが想像世界において等しく与えられ、苦しめられてもいる、無限の、未生の生に対して、「鉄壁な実存」を名乗りなおす詩集になっている。私事にかかわることで恐縮だが、もう長いこと、眠れない夜には、尾形亀之助の詩集を読む習慣にある。これからはきっと、この詩集を開くだろう。(青野暦)

選考委員:野村喜和夫、青野暦


【コンテンポラリー・ダンス部門】 やまみちやえ

<贈賞理由>
 日本のコンテンポラリー・ダンスは、古典文化とはほぼ隔絶した状態で発展してきた。むろん様々な挑戦はされてきたのだが、ほとんどが木に竹を接ぐような失敗に終わってきた。古典の魅力を現代の身体に接続させるセンスが必要なのだ。
 やまみちやえは自ら太棹三味線を演奏するが、東京藝術大学在学中から「義太夫とコンテンポラリーダンスによる」というサブタイトルの公演を企画構成演出してきた。『鷺娘』など古典曲のみならず、『大蛇』『橋姫』のように様々な伝承伝説から自由に紡ぎ出し、さらには『江丹愚馬』(ENIGMA。演出・振付:橋本ロマンス 詞章・作曲:やまみちやえ)のような架空の怪物譚をも創り出す。詞章・作曲をやまみち自身が手がけることで、「ダンスと一体感のある邦楽」を可能にしているのだ。多くのコンテンポラリーダンサー達との協働も高く評価されている。やまみちは、かつて誰も為し得なかったダンスの新しい領域を拓きつつあるのだ。
 やまみち自身が踊るわけではない。だがコンテンポラリー・ダンスにおいて振り付けとは動きを作ることではなく「動きによって新しい価値観を創造すること」である。
 その意味で、やまみちは「古典の魅力を現代の身体にインストールしている」のであり、立派に振り付けと呼んで差し支えないと、舞踊評論家の名にかけて断言しておく。
 本賞は、どちらからも正当に評価されにくい「領域横断的な活動をする才能」へ積極的に授賞してきた。今回も、じつに相応しい受賞者といえるだろう。

選考委員:乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家) Norikoshi Takao


【フラメンコ部門】 該当者なし

<選考委員より>
フラメンコ部門は、第11回目にして初の該当者なしになりました。残念です。
今年は、第11回CAFフラメンココンクール、第3回全日本フラメンココンクール、第31回フラメンコ・ルネサンス21「新人公演」などがあり、文化庁の「ARTS for the future! 2」の支援を受けた多くの公演があり、またタブラオなどでのライブも増え、配信もたくさん行われました。そんな中、たくさんの素晴らしい才能に出会いました。でも、エルスール財団新人賞フラメンコ部門の選考は、1回の公演やコンクールの踊りの出来栄えだけで選ばせていただくものではありません。毎回選考させていただくにあたり、3つのポイントがあります。1つ目:テクニック、2つ目:フラメンコに対する愛とその方のフラメンコ性、3つ目:一人のアーティストとして日本のフラメンコの状況を変えるような可能性を持っているか、ということです。今年最終選考まで残られた3名の方は、1つ目と2つ目の点では素晴らしかったのですが、3つ目の点で「弱い」と感じました。第9回の受賞者伊藤笑苗さんや第10回の受賞者出水宏輝(Farolito)さんと同じようなパワーがあればよかったのですが――。そして、もう少し長い時間をかけて見続けてゆきたい方たちだという結論に至りました。

選考委員:野村眞里子


第12回エルスール財団新人賞

【現代詩部門】 「とある日」編集部

<贈賞理由>
今年は詩集でめざましい印象を与えた詩人が見当たらず、選考は難航した。そうした中で、『とある日──詩と歩むためのアンソロジー』(責任編集川上雨季、編集組版長濱よし野)が浮かび上がってきた。大学で教える詩人が編集し学生の作品を載せる媒体として「インカレポエトリ」があるが、この『とある日』は学生自身が編集し、加えて相互批評の場までそこに組み入れたアンソロジーである。作品のレベルも高い。総じて、インカレポエトリに拠る若い詩人たちの活動の集大成、あるいは到達点が示されたという印象が強い。現代詩の世界全体にとっても非常に斬新かつユニークな「出来事」であり、顕彰に値する。

(選考委員:野村喜和夫)

いくつかの詩集を候補にあげたが、それぞれに良さと評価できない点があった。例えば、語りが面白く共感性が得られる詩集であっても、言葉そのものに対する疑いがないのは致命的ではないか、という議論があった。言葉を素直に信じられるなら、おそらく詩人にはなっていない。やはり、詩で書くからには、詩でしか書けないもの、詩である必然性を感じられる詩集を選びたい。今年の受賞は、めずらしく詩人ではなく本(編集部)に与えられることとなった。『とある日』というまだ若い詩人たちのアンソロジーだ。詩とは“なんだかわからないもの”という前提から、作品のあとに相互評とそれに対する作者の返答が掲載されている。その企画力が評価された。欲を言えば、執筆者が慶應と早稲田のインカレポエトリー出身者のみで “内輪ネタ”になりかねないので、もっと多様な詩人に執筆してもらえばより世界が広がったと思う。川内倫子さんの写真に、蛍光イエローの遊び紙を使用した佐野裕哉さんの装丁など、一冊の本としても美しい。

(選考委員:小野絵里華)

選考委員:野村喜和夫、小野絵里華


【コンテンポラリー・ダンス部門】 黒須育海(くろすいくみ)

<贈賞理由>
黒須育海は人気ダンスカンパニーのコンドルズの「踊れる若手メンバー」として活躍しつつ、自ら主宰するダンスカンパニー「ブッシュマン」を結成。2020年に横浜ダンスコレクションEXで最高賞を獲得した。
 もっとも当初は、男性中心のダンサーがパンツ一丁でガンガン踊る、という野性味が中心の作風だった。
 しかし『けむりでできたぞう』(2020)のあたりから、明確なテーマと、美術を含めた空間の使い方、展開する構成力で、作品世界が格段に分厚くなった。それらは明らかに意図して質を高めていったのだと思う。カフカの『変身』に挑んだ『触覚時代』(2022)における最後の慰撫するようなダンスは、グレゴールの死を悲しみつつ安堵する原作の家族の様子と見事に重なるまでになっていた。近作の『羊羊羊羊羊祥羊』(2023)ではクローン技術で「生まれてきてしまった側の悲哀」を描き注目を集めた。
 強い身体性を保ちながら、総合芸術としてのダンス作品に挑む。今後のますますの挑戦と成長を期待している存在なのである。

選考委員:乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家) Norikoshi Takao


【フラメンコ部門】 鈴木時丹(すずきじたん)

<贈賞理由>
 バイラオール鈴木時丹さんの登場は、日本のフラメンコ界にとって、まぎれもなく大きく、嬉しいニュースに違いない。父親の鈴木尚氏はギタリストで、母親の大塚友美氏はバイラオーラ。そうしたご両親のDNAを受け継いだ鈴木時丹さんは、ここ数年「原石」として静かに輝き続けていた。
 ヒターノのアルティスタ同様、常にフラメンコが身近にある環境で育った鈴木さんは、踊りはもちろんのこと、ギターを弾き、歌を歌い、パルマもする。そして、それらすべてが、彼のフラメンコの世界を形成している。
 鈴木さんの、昨年から今年にかけての急激な進化には目を見張った。タブラオ「エスペランサ」の「Jovenes promesas~希望ある若者たち~」シリーズへのレギュラー出演、各タブラオへの出演、劇場公演へのゲスト出演など……、毎回驚かされた。また、パルメロ、バイラオールとして参加している徳永兄弟の全国ツアーでも、持ち前のリズム感とフラメンコ性で、公演を大いに盛り上げていると感じた。
 それでは、鈴木さんの踊りの魅力はどこにあるのだろうか? もの静かで穏やかな外見からは想像もできないような、集中と爆発。まるで、ヒターノのバイラオールの踊りを見ているような気分にさせられる瞬間がある。そしてそのギャップに軽い眩暈さえ感じていると、最後には一つの「作品」として締めくくるのだ。これには、うならされた。
 冷静でありながら、熱量を感じさせる踊りは、今後ますます日本のフラメンコ界を盛り上げていってくれることだろう。期待を持って見守りたい。

選考委員:野村眞里子


なお、賞についてのお問い合わせは下記までお願いいたします。
info@elsurfoundation.com

エルスール財団特別賞について

エルスール財団では、「フラメンコ」のジャンルで、9月から翌年8月までの間に顕著な活躍が認められた1名(1組)を選んで顕彰する。

名称: エルスール財団特別賞「プレミオ・アルマ・プーラ(純粋な魂賞)」

主催: 一般財団法人エルスール財団

部門:フラメンコ部門1名(1組)

対象:フラメンコのプロフェッショナル、もしくはそれに準じる若手(新人含む)から中堅アーティストで、9月から翌年8月までの間に顕著な活躍が認められた1名(1組)。

発表場所: エルスール財団ホームページ(http://www.elsurfoundation.com)

発表時期: 9月1日

正賞・副賞: 賞状、トロフィー、賞金10万円

選考委員:野村眞里子

理念:古いフラメンコにも敬意を払いながら、頑固に、誠実にフラメンコと取り組み、自らのアルテを追求しているアーティストを顕彰するために設けた賞。選考のためのコンクールは行わないため、アーティスト同士や有識者の推薦なども考慮される。

第1回エルスール財団特別賞Premio Alma Pura por la Fundación del Sur

小谷野宏司Hiroshi Koyano

<贈賞理由>
小谷野さんの踊りはもうだいぶ前から拝見しているが、その圧倒的な個性は他の追随を許さないほどだ。プーロなフラメンコを愛し、頑固に、こだわりを持って生きている人だが、人懐っこさと温かい心を持ち、多くの仲間やアフィシオナードに愛されている。そして、たとえ自分と相容れないタイプのフラメンコを仕事で要求されても、「勉強」として真面目に取り組もうとする姿勢も持ち合わせている。
当初、私はバイラオールとしての小谷野さんしか知らなかったが、2019年にルイス・ペーニャのフィエスタが目黒のラテン文化サロン内「カフェ・イ・リブロス」で開かれた時、フェステーロとして「タンゴ」を歌って踊った小谷野さんを見て驚いた。セビージャの古きよき時代のフエルガの雰囲気をかもし出していたからだ。後からご本人に聞いた話では、「ブレリアは前にもやったことがあったけれど、あの時突然ルイスに『タンゴをやれ』と言われて初めてやった」のだとか。つまり、私は小谷野さんのフェステーロとしての初タンゴを目撃したというわけだ。
あれから3年、小谷野さんはバイラオールの忙しい仕事の中ですら着実に研鑽を積み、フェステーロの道も歩もうとしている。その歌と踊りは、本場セビージャでもすでに知られ、愛されているというから驚きだ。
バイラオールにしてフェステーロ、小谷野宏司さんのますますの成長と活躍を願って、第1回エルスール財団特別賞「プレミオ・アルマ・プーラ」をお贈りしたいと思う。

選考委員:野村眞里子